「耳をすます」(2015.10.1)
「音を拾う」(2015.10.2)
と一連の流れで、街の中の音に耳をすまそう!
とお話をしてきました。
高度・重度聴力障害の方や、先天的な聴力障害がある方に
こういう話を読んでいただくのはいささか申し訳ないことだと思います。
今後の科学技術が発展し、
たとえば人工内耳のさらなる改良や脳幹インプラントといった技術、
さらには、iPS細胞などでの聴力細胞の再生と行った技術が発達することで、
少しでも多くの人が聴覚を獲得・回復されることを願っています。
ただ、こうした話をしたかったのは、
常々、中高年の方で、老年性難聴が少し進んできた方々が、
意外に老年性難聴に対して危機意識がないなと感じているからです。
老年性難聴のような進行性の難聴を少しでも遅らせ、
多くの人が健やかな人生を過ごしていただきたいという願いからで、
これはアンチエイジングの一環でもあります。
老年性難聴は、両側同時にごく軽度から、
それも少しずつ少しずつ落ちていきます。
このため、自分でも聴力が落ちてきていることになかなか気づきません。
気がついた時には、高音部を中心にそこそこ聴力が落ちてきています。
片方だけ急に聴力が落ちた場合などは、
その落ち方が軽度でも、結構敏感に気にして皆さん受診されます。
しかし、老年性難聴の方の多くは、
なんとなく聞こえにくい感じがしてきたなあという程度の自覚しかありません。
それでも、一定の割合で、難聴が気になって耳鼻咽喉科を受診される方がいます。
あるいは、家族に難聴を指摘されて、渋々受診される方もいます。
そして、検査をしてみると
高音部の聴力がそこそこ落ちているのが見つかります。
老年性難聴だと診断がついた場合、
患者さんの対応にはいくつかのパターンがみられます。
1.「もう歳だからどうしようもありませんよねぇ。」と先手を打って語り、
それ以上考えようとしない人。
2.とにかく、良くなる薬を処方してほしいという人。
3.補聴器をおすすめしても、
「私は何の不自由もありません」と言って補聴器について
考えてみようともしない人。
実際には、周りの人が意思疎通がしづらくなってきていて
困っている場合が少なくないのですが。
4.上記と同じようなことではありますが、
一人暮らしをしていて、あまり外に出て人と話すこともないので
補聴器は必要ないとおっしゃる人。
確かに、老年性難聴に、こうすれば必ずよくなるという治療法や、
これを飲めば若い頃と同じ聴力に回復するという薬などはありません。
遺伝的要素などもあるので、老年性難聴のすべてとは言いませんが、
その多くは動脈硬化と関連があるのではないかと
最近は言われています。
ですので、老年性難聴がでてきたとわかれば、
今までの食生活、睡眠、運動、ストレス、音環境等の生活習慣を見直し、
改善できるところは改善していくことが大切です。
血液検査で高脂血症や糖尿病、高尿酸血症などがあれば改善をめざし、
高血圧があれば、うまくコントロールするということも必要です。
そうしたことを踏まえた上で、うまく抗酸化剤などを使うと、
ひょっとしたら、多少は聴力が改善するかもしれません。
(これは保証できませんけど)
もし、内耳の聴こえの細胞(有毛細胞)がへたっているだけなら、
聴力が回復する「かも」しれません。
まあ、それはそれとして、
聴力がすこしずつ落ちてくるということが、
実は身体にはもっと重大な影響があると思います。
それは、聴力が落ちてくるということは、
脳に対する入力(インプット)が減るということで、
インプットが減ってくるということは、
脳の活動も徐々に減っていくということです。
まだまだすべてがきちんと証明されているわけではありませんが、
音を聴く努力をしないでいると、脳での聞き取る能力が低下し、
脳での聞き取る能力が低下してくると、
脳自体の活力が低下してくるのです。
そして、脳の活力が失われてくると、さらに音を聴く努力をしなくなります。
すると、さらに聴力が落ちていく・・・
ちょうど、運動しないと筋力が衰えていくように、
聴こうとしないことが、
ますます聴力を早く衰えさせてしまうのではないかと思うのです。
最近、難聴と認知症についての関連性について研究が進んできています。
我々、耳鼻咽喉科医も、
認知症の予防に積極的に関わっていく必要があると
考え始めている人が増えてきています。
鳥のさえずる声や、小川のせせらぎ、
あるいは、風で揺れる木々の音なども、
意識して聴かないと聞こえてきません。
こうした自然の音を聴くことは
心身を健やかに保つためにもよいと思われます。
街中に出て耳を澄ませて音を聴くようにしたいものです。