『腸と脳』第3部 脳腸相関の健康のために 第10章 健康をとりもどすために

さてさて、ながらく読み解いてきました、
『腸と脳 第二の脳がもたらすパラダイムシフト』 エムラン・メイヤー著, 高橋 洋訳,紀伊國屋書店
も今回で終わりです。

これまで、腸と脳と腸内の微生物(マイクロバイーム)の相互関係が、
身体の免疫系、神経系、内分泌系のかかかわりから、
行動や情緒、さらには慢性的な脳疾患にまで
影響を与えているということを学びました。

最終章では、近年の食習慣の危険性についてあらためて触れられ、
健康であるにはどうすればよいかということが書かれています。

近年「前疾病状態」ともいえる健康状態の人が急増中だと筆者は言います。
たとえば・・・

血液検査をしても疾病の徴候を示す生物化学的証拠は何も検知されない。
しかし、つねにストレスや不安を抱えており、
ストレスを感じると、なかなかリラックスした状態に戻れない
また、太り気味か肥満の人が多く、
血圧はぎりぎり正常ながらかなり高く、
つねに消化器系に軽い不快感(胸焼け、腹部膨満、不規則な便通など)を覚え、
満足に社会生活を送るための時間と活力が不足している。
しょちゅう睡眠不足で、活力を失い、疲労し、腰痛や頭痛など、
身体のどこかに痛みが周期的に生じる・・・

そのような人は、
IBS(過敏性腸症候群)、線維筋痛症、慢性疲労症候群、軽度の高血圧など
といった症状の診断基準を満たさない場合が多いが、
全身性炎症マーカーなどは特殊なテストによって、
いくつかの特徴的な異常が検出される場合があるのだそうです。

このような「前疾病状態」は、
身体の消耗の結果と見なすことができ、
小さなストレスを繰り返し経験したり、
恒常的なストレスを受けたりすると次第に蓄積されていきます。

こうしたストレスが「脳ー腸ーマイクロバイオーム」相関に
強い影響を及ぼすと、腸内微生物と脳腸相関は、
全身性炎症の発現を媒介し始めます。
炎症が悪化すると、LPS、アディポカイン、C反応性タンパクと
呼ばれる物資など、血中の炎症マーカーのレベルが上昇します。

さらに憂慮すべきことに、ストレスに起因する内蔵反応と、
高脂肪食に起因する内臓反応が組み合わさると、
炎症が悪化する可能性があるのだそうです。

これは、腸の漏れやすさが増し、マイクロバイオータの活動によって
腸の免疫系が活性化される機会が増えるからだそうで、
強いストレスをうけると、
気晴らし食品(高カロリー・高脂肪)に手を出しやすくなり、
そのために脳のストレス神経回路の活動レベルが高まって、
腸内の炎症が悪化するという悪循環に陥るのだそうです。

こうした観点からすると、健康を考えるには
マイクロバイオームについても考える必要があります。
健康な身体には健康なマイクロバイームが宿る、というわけです。

では、健康なマイクロバイオームとはどういうものか?
これとこれという種類の細菌が腸内にいればOK
というものではないようです。

脳腸相関とその健康の統合度は、
プレボテラ属とバクテロイデス属の比率がどうかとか、
ファーミキューテス門とバクテロイデス門の比率がどうといった、
腸内微生物種の分析によっては単純に評価できないのだと。

もともとみんなが共有して持っている微生物種は10%程度しかないそうで、
腸内微生物は個人個人で大きく異なるのだそうで、
個人個人でそれぞれの健康なマイクロバイオームは異なるわけです。

ただ、ここでキーワードになるのが、前にも出てきた「多様性」です。
つまり、いろいろな種類の腸内微生物がいるほどいいわけです。
そして、「多様性ダイバーシティ」は、
「安定性スタビリティ」と「回復力レジリエンス」につながります。

では、どうすれば多様性に富んだマイクロバイオームに最適化できるのか?

プロバイオティクスの豊富なヨーグルトを毎日食べていても、
植物性の食物主体ではなく
動物性脂肪を多量に含む食物を食べ続けていれば効果は少ないでしょう。
あるいは短期間ザワークラウトやキムチを食べるだけでは、
もっといえば単に穀物、複合炭水化物、
グルテンをメニューから取り除いただけでは、
マイクロバイオームを最適化できないと筆者は言います。

どのプロバイオティクスを選択すればよいのか、
どの食事法にどんな恩恵があるのかなどの問いに対して、
あらゆるケースに回答できる万能な基準などない。
特殊な食餌療法などの単純な介入を導入するだけで、
マイクロバイオームを最適化できるとは考えない方がよいのだそうです。

今後、マイクロバイームの健康を評価する際には、
単に微生物の構成を確認するのではなく、
どの遺伝子が発現し、どの代謝経路が活性化しているのかを
分析する必要があるだろうと筆者は言います。

結局、バランスのよい食事、動物性脂肪は少なめに、
ストレスをためない、適度な運動、食べ過ぎない、
自分の気分の変動に対して俯瞰的になり気晴らしで食べたりしない、
大量生産された食品や食品添加物を極力避ける・・・などなど、
ライフスタイル全般についての
ごくありふれたことが大切なんだと思います。

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このブログでは実に15回にわたって、
『腸と脳』の本についてお話いたしました。
この本の最終章には、
”マイクロバイオームの改善による健康増進の指針”
も載っています。
『腸と脳』にご興味をもたれた方は、是非お読み下さい。

耳鼻咽喉科医である僕が、一見診療に関係ない様に思われる、
腸の話を長々と書いてきましたが、
実際にはマイクロバイームは腸だけでなく、
上咽頭や副鼻腔、口腔や気管などいろいろな所にも存在しているはずです。
病気との成り立ちに、こうしたマイクロバイオームが
何らかの影響を与えているであろうことは考えられます。
また、脳腸相関が耳鼻咽喉科領域に影響を与えている可能性もあります。
今後、いろいろなことがわかってきて、
治療に生かせるようになってきたらいいなと思います。