『腸と脳』第2部 直感と内臓感覚2 情動の新たな理解

情動は幼少期から私たちの思考を色づけ、判断に影響を及ぼし、
また、危険が迫ったときには
戦ったり逃げたりする(闘争/逃走)ように導いてくれます。

情動理論についての歴史は、1880年代、
ウィリアム・ジェイムズ(アメリカ哲学者・心理学者・医師)と
カール・ランゲ(デンマーク医師)による、
「情動は身体刺激の認知的な評価を通じて生じる」
という”ジェイムズ=ランゲ説”に始まるそうです。

身体刺激とは、動悸、腹鳴、結腸の痙攣性の収縮、頻呼吸など
身体器官の激しい活動に由来する内受容情報です。
今日では、情動が身体刺激「のみ」から生じると考える人は
まずいないそうです。
まあ、そうですね。脳が必ず関与していそうですものね。

1927年ウォルター・キャノン(生理学者)は、
豊富な実験データに基づき、ジェイムズ=ランゲ説を否定。
扁桃体や海馬などの特定の脳領域が、
環境からの刺激に反応して行う活動によって
情動的な景観が生み出される、
という脳を基盤に据える理論を発表しました。

1990年代になると、
脳神経学者が解剖学的データに基づく理論を発表しました。

バド・クレイグは、
あらゆる情動は、(内臓感覚を含む)感覚系コンポーネントと
(内臓反応を含む)実行形コンポーネントという密接に関連する
2つの構成要素からなるとし、こうした情動の目的は、
生体バランスを維持することにあるとしました。

アントニオ・ダマシオは、
『デカルトの誤りー情動、理性、人間の脳』という本で、
ソマティックマーカー仮説を発展させました。

私たち人間には、脳から身体、
そして身体から脳へ送られるシグナルの伝達経路からなる、
いわゆる身体ループが備わっているそうです。
情動状態に対する身体の反応を告知するこの情報は、
ソマティックマーカーと呼ばれ、
筋緊張、動悸、浅い呼吸などの身体状態が、
無意識的な記憶として蓄積されるのだそうです。

この情報の整理や差配は、前回出てきた、
サリエンス・システムの一つ、島皮質で行われており、
大人になって情動を経験する際には、
わざわざ長い脳腸ループを介さなくても、
蓄積された情報にアクセスするだけで、
感情を生成することができるというのです。

私たちの情動生成装置は、
生後まもなくから(あるいは胎児の頃から)、
ライフスタイルや食生活を通じて、膨大な個人情報を蓄積し、
巨大な脳のデータベースを構築していきます。

そういえば、昔、NHKのテキスト『無意識との対話』について
宗教家の町田宗鳳さんが、
”自我意識の下には、大きな潜在意識や、そのさらに下には、
個人的無意識、普遍的無意識があり、
我々の行動に影響を与えている”という話をブログに書きました。
この個人的無意識と普遍的無意識は、
ユングの提唱した普遍的無意識をさらに発展させたもの、
ということでした。
本:無意識との対話2

僕は、この自我意識より下の意識については、
潜在意識は何となくわかるけど、
生まれ育った文化などを反映する普遍的無意識なんて、
本当にあるのかな、とその時には思いましたが、
この、ソマティック・マーカーに基づいた情動生成装置こそ、
自我意識より下の無意識の源の様な気がします。

さて、さらに最近になって、
脳腸マイクロバイオーム相関が提唱されると、
ソマティックマーカー理論を補強するような考え方が
現われるようになりました。

先ほど、
”私たち人間には、脳から身体、
そして身体から脳へ送られるシグナルの伝達経路からなる、
いわゆる身体ループが備わっているそうです。”
と、書きましたが、ダマシオがそこまで意識していたかどうか、
わかりませんが(一度読んでみないといけませんね)、
この身体ループの最も主体をなす部分こそ、
脳腸相関というわけです。

そして、近年では脳と腸だけでなくマイクロバイオームも
情動生成に関係しているのではないかと考えられつつあります。
つまり、幼少期の環境が情動生成装置のプログラミングに
大きく関わるわけですが、この時、マイクロバイオームと
その産出物の変化も影響を与えると考えるわけです。

そして、そうであれば、マイクロバイオームをコントロールすることで、
情動もコントロールできる可能性があるわけです。

筆者は、ある過敏性腸症候群を併発するパニック発作の患者に、
ヨーグルトやザワークラウト、キムチといった発酵食品や、
プロバイオティクスのサプリの摂取を増やすように指導したところ、
過敏性腸症候群が改善するだけでなく、
パニック発作の頻度も減少した例を報告してます。

こうした症例から、マイクロバイータは不安を緩和する物質を
産生しているのではないかと考えられています。
特に、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)が
候補に挙げられています。

といっても、GABAについてネットで調べてみると、
GABAは血液脳関門を通過することができないそうです。
このため、腸内微生物が産生したGABAが
直接脳に取り込まれるわけではないようです。
ただ、GABA事自体は血管を通じて末梢臓器の神経伝達を
抑制し血管収縮を緩める作用があるそうで、
それがリラックス効果を生むのかもしれないとのことです。