さて、大学の医学の授業についてです。
まずは解剖学。
医学部に入った頃には、周囲の人によく尋ねられました。
「医学部って、解剖するんだよね?怖くない?」
「死体って、プールみたいな所に浮かんでるって本当?」
これについてお話する前に、
まずは、「死体」ではなくて「献体された御遺体」です。
医学のために貢献して下さるという尊いご意志によるものです。
解剖の授業を行う時には、このご意志に感謝して、
黙祷をささげるのですが、
昔は、単に頭で理解してそうしていた様に思います。
でも、今の自分を考えると、
そのありがたさが身をもって感じられます。
たとえば、人間の全身の筋肉や骨、臓器など隅々まで、
その名前や働きがわかります。
・・・ま、普段耳鼻咽喉科に関係ないところは、
大分忘れてきてはいるのですが、
それでも、言われれば分かります。
それがあるので、
他科の先生のお話でもある程度はついて行けるわけです。
これはありがたいことだなと思います。
大江健三郎氏の本に『死者の奢り』という小説があり、
その中に、御遺体を保管するプールがでてきますが、
僕達が習った時でも、
すでに一体ずつきちんと保管されてあったので、
そうしたプールは見たことがありません。
解剖させていただく時に怖くなかったか?
正直に言いますと、解剖が始まるまでは不安でした。
そして、御遺体と直面した瞬間はわずかに怯みました。
しかし、一度始まってしまうと、
身体の名称や仕組みを覚えることに集中してしまうので、
怯んでいるヒマはありません。
まあ、いい悪いは別にしてすぐに慣れました。
まあ、そうでないと勉強が進みません。
解剖実習を通して、
もちろん身体の色々な名称やしくみを学びました。
そのことは、単に医学的知識を得たというだけでなく、
人間というものを細部にわたって客観的に見る
という態度も学んだ様に思います。
それにしても、解剖実習で一つ印象的だったことを思い出しました。
それはニオイです。
御遺体はホルマリンで腐敗しないように処理されていますが、
このニオイがきついのです。
しばらくはこのニオイが解剖実習をしていない時でも、
なんとなく鼻に残っている感じがしたものでした。