僕が医師になるまで12

さて、大学の医学の授業についてです。

まずは解剖学。
医学部に入った頃には、周囲の人によく尋ねられました。
「医学部って、解剖するんだよね?怖くない?」
「死体って、プールみたいな所に浮かんでるって本当?」

これについてお話する前に、
まずは、「死体」ではなくて「献体された御遺体」です。
医学のために貢献して下さるという尊いご意志によるものです。

解剖の授業を行う時には、このご意志に感謝して、
黙祷をささげるのですが、
昔は、単に頭で理解してそうしていた様に思います。

でも、今の自分を考えると、
そのありがたさが身をもって感じられます。

たとえば、人間の全身の筋肉や骨、臓器など隅々まで、
その名前や働きがわかります。
・・・ま、普段耳鼻咽喉科に関係ないところは、
大分忘れてきてはいるのですが、
それでも、言われれば分かります。
それがあるので、
他科の先生のお話でもある程度はついて行けるわけです。
これはありがたいことだなと思います。

大江健三郎氏の本に『死者の奢り』という小説があり、
その中に、御遺体を保管するプールがでてきますが、
僕達が習った時でも、
すでに一体ずつきちんと保管されてあったので、
そうしたプールは見たことがありません。

解剖させていただく時に怖くなかったか?
正直に言いますと、解剖が始まるまでは不安でした。
そして、御遺体と直面した瞬間はわずかに怯みました。
しかし、一度始まってしまうと、
身体の名称や仕組みを覚えることに集中してしまうので、
怯んでいるヒマはありません。

まあ、いい悪いは別にしてすぐに慣れました。
まあ、そうでないと勉強が進みません。

解剖実習を通して、
もちろん身体の色々な名称やしくみを学びました。
そのことは、単に医学的知識を得たというだけでなく、
人間というものを細部にわたって客観的に見る
という態度も学んだ様に思います。

それにしても、解剖実習で一つ印象的だったことを思い出しました。
それはニオイです。
御遺体はホルマリンで腐敗しないように処理されていますが、
このニオイがきついのです。
しばらくはこのニオイが解剖実習をしていない時でも、
なんとなく鼻に残っている感じがしたものでした。