高知医科大学(現高知大学医学部)は、
高知市の東に位置する南国市というところにあります。
高知駅からバスでどれくらいだったでしょう?
はっきり覚えていませんが、40分くらかかったのではなかったかな。
最近、google mapのストリートビューで、
大学近辺を歩いてみましたところ、
昔より大分家も建ったりしていますが、、
当時(35年ほど前)は、大学周囲はほとんど田んぼでした。
高知医科大学も当時1県1医学部をというかけ声のもとに、
医科大学の新設ラッシュに合わせて創設されました。
新設医科大学が創設された場所というのは比較的田舎にあります。
その頃、まだ地価が安かったこともあったのでしょうが、
ひょっとしたら、学生は雑念を滅却して勉学に励みなさいという、
文科省か厚労省の意思を反映している様にも思えます。
そんな田舎の大学のすぐそばの民家が営んでいる下宿に
一室を借りて大学生活が始まりました。
ただ、高知医科大学は単科の大学です。
現在は看護学科もできて多少賑やかになったと思われますが、
当時は医学部医学科のみです。
1学年約100人で、僕は4期生だったので、
入学当時在学生は400人。
建物は新しいけれど、建物に風格がない。
新設校ゆえのどうしてもしかたがないことだったのですが。
僕の中で「大学で勉強する」というイメージは、
何百人も入る階段教室で講義を聴く・・・
そう、テレビドラマ「ガリレオ」で福山雅治さん演じる湯川准教授が
大学で講義をする場面がありますよね、
あんな講義を受講するのが憧れだったような気がします。
まあ、勉強するのに、そんなことはどうでもいいことなんですけどね。
特に、1年間金沢大学に在学していたこともあり、
UniversityとCollegeの違いのようなものを感じていました。
けれど、今考えれば、金沢は高校卒業して、
生まれ育った家から初めて出て過ごした場所であり、
何から何まで新鮮で、しかも自分の故郷と比べれば、
大阪や東京ほどではないとしても圧倒的に都会です。
それでいて、東京や大阪ほど大きくなくこじんまりとしていて、
さらに観光地で風景もきれいです。
金沢の犀川や浅野川の風景、
兼六園から金沢神社に抜け、広坂に下ってくる付近などは
今でもすぐに頭の中によみがえってきます。
高知もその後6年間いましたので、
いろいろ綺麗な所、思い出深い所はたくさんあり、
やっぱりすぐに頭の中によみがえってくる風景があります。
しかし、経験したタイミングなのかもしれませんが、
金沢の1年間は医学部6年間とひけをとらない
輝きがありました。
まあ、そんなことがわかるのは今だからで、
当時は何となく新しい生活に、かすかな違和感を感じていました。
「あまちゃん」を毎日楽しく見続けていた人が、
最終回が終わってあと、
喪失感からぼーっとなったのを「あまロス」なんて呼ぶそうですが、
(実際僕も多少そんなところがありました(笑))
何のことはない、僕は「金沢ロス」に陥っていたのでした。
まあ、そんな小さな喪失感と、
これから遺伝子や医学について学ぶんだ
という期待とが入り交じった大学生活の始まりまでした。